[キェルケゴールの『畏れとおののき』におけるディレンマの問題]


[註]

(1) Frygt og B ven ,1843 本論では、Howard V. Hong and Edna H. Hong 訳,“FEAR AND TREMBLING”, PRINCETON UNIVERSITY PRESS, 1983 を用い、邦訳に際しては、桝田啓三郎訳『おそれとおののき』(『キルケゴール著作集』第5巻、白水社、1962年)を参照した。以下、本論での引用は、Hong訳の頁付を[ ]内に記した。

(2)カントは『宗教論』で「畏れおののきながら自らの至福を得る」とする方が効果的(道徳性にとって)であるとする一方、この厳しい言葉は誤解され、ややもすると極めて陰鬱な狂信にいたらせるとしている。(『カント全集』第九巻、飯島宗享・宇都宮芳明訳、理想社、1974年、100頁)

(3)デンマーク語原典では「[προοιμια]Stemning」と表記されているので、「序 調律」という意味である。邦訳では「調律」と訳されているが、Hongによる英訳では「Exordium」と訳されている。本論では原典の意を汲んで、「調律」と訳した。

第一章

(1)カント『学部の争い』(『カント全集』第13巻、小倉志祥訳、理想社、1988年、383頁) Kant, I., Der Streit der Fakult ten in drei Abschnitfen ,1798

(2)前掲 383頁

(3)カント『宗教論』(『カント全集』第九巻、飯島宗享・宇都宮芳明訳、理想社、1974年、255頁)Kant, I., Die Religion innerhalb der grenzen der blossen Vernunft, 1793/1794

(4)前掲 255-256頁

(5)ここで「誘惑」と訳したのは、デンマーク語原典のAnf gtelseにあたり、ドイツ語ではAnfechtung、英語ではspritual traialと訳されている。

(6)豊福淳一「アブラハムの逆説的信仰」(『キルケゴールの実存思想』高文堂出版社、219-234頁)

(7)前掲『学部の争い』、383頁    (8)前掲『宗教論』、255頁

第二章

(1)前掲『宗教論』、256頁

第三章

(1)Bornkamm, Heinrich, Luther in Spiegel der deutschen Geistesgeschichte,1969(ボルンカム、H.『ドイツ精神史とルター』谷口茂訳、聖文舎、1978年)

(2)早乙女禮子「キェルケゴールにおけるルター批判」(『大阪体育大学紀要』22巻(1991年)、169-179頁)

(3)『世界の名著23 ルター』中央公論社 478頁

(4)LUTHER'S WORKS VOLUME 4, LECTURES ON GENESIS, Chapters 21-25 trans. Schick, George,V. CONCORDIA PUBLISHING HOUSE, 1964

(5)ibid. pp.92-93 (6)ibid. p.94 (7)ibid. p.98 (8)ibid. p.110

(9)ibid. p.95 (10)ibid. p.96 (11)ibid. p.98 (12)ibid. p.98 (13)ibid. p.111

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[参考文献]


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