『ロビンソン・クルーソー』における倫理と宗教

 ・ 要約・序

 ・ 1 信仰の揺れ

 ・ 2 改宗の問題

 ・ 3 生命尊重の問題

 ・ 註・参考文献


要約

 『ロビンソン・クルーソー』をめぐる解釈には様々なものがあるが、その一つに敬虔なピューリタニズムの形象、資本主義の精神を先取するものとして捉えるものがある。本論では、ロビンソン・クルーソーとして描かれた人物の信仰の問題を考察することによって、従来の解釈の一面性を指摘した。また、ロビンソンが、信仰を互酬的応報的に捉えている側面や誠実に思索を重ねている側面に論及した。さらに、改宗の問題を通じて、信仰の非敬虔的側面、改宗における暴力の問題を考察し、他者危害の問題を提示した。最後の生命尊重の問題において、生命それ自体の尊重ということよりも、相手からの危害の有無が重要な論点となっていることを考察した。

キーワード: ダニエル・デフォー ロビンソン・クルーソー ピューリタニズム 互酬性応報性 他者危害の原則 18世紀イギリス精神史


 子供の時に読み、心のどこかに足跡を残しながらも、再び開かれることのない『ロビンソン・クルーソー』(1)。様々に工夫を凝らしながら、自分だけの砦を築き上げていく無人島での生活。子供心に憧憬をいだいたものである。今、改めて読み直してみると、実に奥の深い作品であることに気付かされる。そもそも、子供向けの抄録版は、作品のほんの一部を取り出したものに過ぎず、原作は無人島での甘美な生活を描いたものでもなかったのである。ではいったい、『ロビンソン・クルーソー』は、いかなる物語なのであろうか。「近代的人間類型」(2)として、無人島で労働に励み、生活を切り開いていく過程が問題なのだろうか。すなわち、「勤勉、節約、周到、自発的合理的な生活の組織化、世俗内禁欲」の実践や、労働が神性化され、働くことが祈ることに通じるということが主題なのであろうか。しかし、ロビンソンは安息日を守り、聖書に親しみ、必要以上には働かないのである(3)。では、ロビンソンは、敬虔なピューリタンとして悔い改め、信仰心の高い人間になったのだろうか。しかし、61歳になっても、生まれつきの放浪癖(the native propensity to rambling)に突き動かされ、再び、航海に出かけて行ったのである[Up.225]。「もっと放浪し、もっと見たい(more desirous of wandering and seeing)」、「荷物運搬人の馬のように、行ったり来たりして、いつも同じ旅篭に行く」のではなく、「同じものは絶対見たくないという気違いじみた放浪少年の考え(the notion of a mad rambling boy)」[Up.360]を最後まで持ち続けていたのである。では、単なる好奇心に満ちた旅行者なのだろうか。しかし、タタール人の偶像を焼き打ちし、十字軍を気取るかの如くでもある。では、キリスト教と結びついた侵略者の物語として読まれるべきなのであろうか(4)。以上の如く、ロビンソン・クルーソーは経済人としての、宗教人としての、放浪少年としての、また侵略者その他様々な側面を持っている。

 『ロビンソン・クルーソー』はロビンソン・クルーソー本人による自叙伝として出版されたが、実際は実話を参考にしたダニエル・デフォーによる創作である。デフォーは、非国教徒の商家に生まれ、実業に従事しながら、政治にも関与して、500点を越える幅広い著作を残している。彼は、二度の破産と筆禍による投獄の経験を持ち、宗教的には寛容な非国教徒であり、政治的にはウィッグ党からトーリー党、そして再びウィッグ党へと揺れ動いたことで知られている。ロビンソン・クルーソーの自叙伝として描かれた人間像は、このようなデフォーの生涯のアレゴリーであるとも言われている(5)。また、『ロビンソン・クルーソー』は、出版直後から様々な反響を呼び、海賊版や抄録版も登場し、各地で翻訳もされ、日本への受容を見れば(6)、古くは嘉永年間に遡り、明治期以降、本格化する。

 漱石の言葉を借りれば(7)、デフォーの作品は、「主人公の生涯の始めから終りまで写す」だけで、まとまりがないという。「正月の元日から師走の三十一日まで日記を付けて、その中の出来事の纏まりいかんにかかわらずただ大晦日が来たから止める」というのと同じで、人の一生を、生まれてから死ぬまで、もしくは死の直前まで、委細漏らさずただ淡々と書き記していくだけだというのである。しかし、世の中はまとまったものではなく、人生もまとまったものではない。世界に目的や体系が存在しないのならば、人生も混沌としているのである。本論では、そういった特徴を踏まえ、18世紀イギリス精神史の諸側面が渾然となった『ロビンソン・クルーソー』の中から、倫理及び宗教の問題を論及するものである。


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