『ロビンソン・クルーソー』における倫理と宗教

 ・ 要約・序

 ・ 1 信仰の揺れ

 ・ 2 改宗の問題

 ・ 3 生命尊重の問題

 ・ 註・参考文献


註・参考文献

(1) 『ロビンソン・クルーソー』第一部が出版されたのは1719年4月のことで、出版早々から好評を博し、8月には続編第二部が出版される。第一部『ロビンソン・クルーソーの生涯と驚くべき冒険』は、ロビンソンが生まれてから、幾度かの航海の後、無人島に漂着。28年間の孤島での生活を経て、イギリスに帰りつくまでの物語である。第二部『ロビンソン・クルーソーのその後の冒険』では、帰国後の何不自由ない生活から、再び航海へと旅立ち、かつて暮らした島を再訪する。その後、中国へ立ち寄り、シベリアを横断してイギリスに帰りつくまでの物語である。このようにロビンソンの外面的な行動を抜き出せば単なる冒険譚と見なされるが、倫理的・宗教的な諸問題、経済的な諸問題が論及され、実に卓越した論点が見うけられる。翌1720年8月には第三部『ロビンソン・クルーソーの生涯と驚くべき冒険の真摯な反省』が出版される。これは『ロビンソン・クルーソー』に対する批判への反論として、また、いわばエッセイ集として、宗教的な問題を中心に、孤独、誠実、改宗その他の諸問題が考察されている。

 『ロビンソン・クルーソー』からの引用は、第一部、第二部、第三部(反省録)それぞれ、[T][U][V]と略記し、頁数を[]内に併記した。訳出に関しては、邦訳のある箇所については既存の邦訳を参照した。頁数はそれぞれ冒頭に*印を付与したテキストによる。
第一部 The Life and Strange Suriprising Adventurs of Robinson Crusoe ,1719.(『ロビンソン・クルーソーの生涯と驚くべき冒険』) * A Norton Critical Edition Robinson Crusoe, edited by Michael Shinagel, W.W.Norton & Company, 1975. (平井正穂訳『ロビンソン・クルーソー(上)』岩波文庫、1967。吉田健一訳『ロビンソン漂流記』新潮文庫、1951。横山由清訳『魯敏遜漂行紀略』安政4年((『復刻版魯敏遜漂行紀略』丸井工文社、1975))。飛鳥井雅道・齋藤希史編『注釈漂荒紀事』京都大学人文科学研究所、1996)
第二部 The Farther Adventures of Robinson Crusoe, 1719. (『ロビンソン・クルーソーのその後の冒険』) * Robinson Crusoe, Introduction by Guy N. Pocock, Everyman's Library, J.M.Dent & Sons LTD, 1945, pp.223-427. (平井正穂訳『ロビンソン・クルーソー(下)』岩波文庫、1971)
第三部 Serious Reflections during the Life and Surprising Adventures of Robinson Crusoe, 1720. (『ロビンソン・クルーソーの生涯と驚くべき冒険の真摯な反省』)  * Romances and Narratives by Daniel Defoe, edited by George A. Aitken in Sixteen Volumes Vol.V, J.M.Dent & Co. Aldine House, 1895. (山本和平訳「ロビンソン・クルーソー反省録(抄)」『世界文学全集 13 デフォー』講談社、1978)

(2) 『大塚久雄著作集第八巻 近代化の人間的基礎』岩波書店、1969、p291など

(3) ロビンソンは決して労働に明け暮れているわけではない。神についての思いをめぐらし、上陸一周年を記念して、断食と礼拝を行い、以降は安息日を守ることになる[Tp.82]。上陸三周年目からは、日々三回の礼拝と聖書を読むことを実行するようになる[Tp.90]。四年目には、生産力も高まり、いくらでも収穫をあげることが出来るようになったが、自分に必要な分だけを生産したという[Tp.101]。このあたりは、自分が必要とする範囲内で、労働したものが自分の所有物とみなされるというジョン・ロックの所有権の概念を敷衍するものである。また、このことを考えるうえで、以下の一節も非常に興味深い。

「私のまわりでは世間の人々は忙しそうに見えた。片や、パンのための労働に忙しく、片やとるに足らない不謹慎で空虚な娯楽を浪費していた。どちらも等しく哀れであった。」……「娯楽にふける人間は、日々悪徳に溺れ、悲しみと後悔の行為を積み重ねていた。労働に励む人間は、労働に必要な生命力を維持するパンのために、日々の格闘のうちに自分の力を使い果たし、日々の悲しみの円環の中に生き、ただ働くために生き、ただ生きるために働き、毎日のパンが、うんざりする生活の唯一の目的であり、うんざりする生活が日々のパンの唯一の動機となっているかのようであった。」「このことは、私の王国であったあの島で過ごした生活を思い起こさせた。そこでは、より多くの穀物を作ろうと苦しまされることはなかったが、それは私が必要としなかったからであり、多くのヤギを飼おうと悩むことがなかったが、それは多くのヤギが必要でなかったからであり、お金はかび臭くなるまで引き出しに放置され、20年間、人目につかずにほっておかれた。」[Up.229]。

(4) そもそも冒険小説は帝国主義の小説への反映であり、『ロビンソン・クルーソー』においても、原住民は劣った存在であり、服従もしくは教化の対象であるとするキリスト教至上主義の意識が色濃く反映されていると批判されている。また、ロビンソンは大塚久雄が言うような敬虔なピューリタンの形象化でも、禁欲的・合理的な経済人でもないと言い、他者はすべて支配の対象になり、他者との交流に基礎をおいた社会の建設は不可能であるとも指摘されたりしている。<前沢伸行「ロビンソン・クルーソーの世界史」(『世界史へ −− 新しい歴史像を求めて』山川出版社、1998)、岩尾龍太郎『ロビンソンの砦』青土社、1994、M.グリーン(岩尾龍太郎訳)『ロビンソン・クルーソー物語』みすず書房、1993> 確かに、『ロビンソン・クルーソー』は、侵略的性格、植民地主義の源流であると批判できる側面はあるが、これらは、後の資本主義経済と結び付いたものであり、分離することは出来ない。さらに、ロビンソンにとって他者は支配の対象というよりも、決して一方的に危害を加えてはならない対象である。そこでは互酬的応報的で、誠実が極めて重要な徳目と考えられている。いずれにしろ、18世紀イギリスの精神史を究明する意味からも、『ロビンソン・クルーソー』を考察することは重要である。

(5) 『反省録』の序には、『ロビンソン・クルーソー』は、寓意的ではあるが、同時に事実記録的なものであり[V序p.9]、たとえ何か別の見地から表現されていても、私の物語の中の事実であることにかわりはない[V序p.10]と記されている。これは、『ロビンソン・クルーソー』が想像上の物語における出来事ではなく、まさに現実の物語を暗喩しているのであり、ロビンソン・クルーソーの無類の人生と一つ一つ対応しているというのである[V序pp.11-12]。

 第一部の序において、『ロビンソン・クルーソー』は、事実の正しい物語(a just History of Fact)であり、虚構の外見らしいもの(any Appearance of Fiction)はまったくないと主張されている[Tp.3]。そういった第一部に対する批判への反論として、第二部の序においては、悪意を抱いている人々が、空想小説であるといって非難したり、地理的誤りや前後撞着、事実面での矛盾を探そうとした努力は、失敗が証明され、悪意も無駄であったと記されている[Up.1]。これを見れば、文字どおり実録であると主張していたことがわかるが、何故このように手の込んだ手法を用いたかは、以下に示した『反省録』の一節に示されているように思われる。

 「人々の心に感動を与えようと思えば、だれも知らないような人によって、遠隔の地で行われた事実を扱わなければならない。救世主たるキリストの奇蹟でさえ、それを行ったのが大工の倅であると考えた場合には、侮辱嘲笑の対象となった。大工の倅ということであれば、人はそんな家柄や先祖を見下し、その兄弟姉妹を見れば自分たち同様の並みの人間に過ぎないからである。」「この物語の舞台は遠隔地に設定してあるが、そのもとになったものは、実はごく身近なところにあったということを読者が考えた場合、果たして、こういういろんなことに関する教訓が功を奏するかどうか、疑問は依然として残る。」[V序p.13]

 このようにみれば、『ロビンソン・クルーソー』がデフォーによる創作だと判れば、誰もそこから教訓的な意味を汲み取らない可能性が危惧されたのだろうと思われる。このことは、現代においても、例えば、伝統に権威を認め、遠い過去の出来事を理想化したり、外国文化を崇拝する人々の生活態度とも関連している。

(6) 前田愛「解題『魯敏遜漂行紀略』」(『復刻版魯敏遜漂行紀略』丸井工文社、1975、pp.1-7)
 これによれば、嘉永初年にオランダ語訳からの重訳で『漂荒紀事』六巻が完成したという。『魯敏遜漂行紀略』はオランダ語ダイジェスト版からの重訳で、安政四年に出版されたという。当時の箕作阮甫の序に「洋人の小児を長育するに、毎(つね)にこの書を以って訓蒙の階と為すことや」とあることを見ると、子供の教育向けの本であるという側面を示している。文雄閑人と号する人物による序では、ロビンソンの島での生活を「雄々し」と讃え、ロビンソンがお金を預けていた船長未亡人の行動を「行へしられぬ呂備んそんか銀を預り居て、いささかも、わたくしにせさりけん其心はへ、たゝしといふへし」と称賛している。この二つのエピソードが取り上げられていることを見ると、倫理的側面が注目されていたことがわかる。訳者横山由清による「附載」には、「殊に此書を、後生の為に、実用あるものとし、童蒙を訓へ導きて、自ら励み、自ら警戒めて、家務、人事を通知せしめ、事物に接てかりそめならず、適宜の生産を営み、神を敬ひ、人を親しみ、諸般事業に智巧を研鑚し、上下相通ずる、生々の至大なる恩恵を知るなど、総て童蒙を長育する良則となすべきよし、称へり」という説を紹介している。すなわち、『ロビンソン・クルーソー』を倫理的な書物であるとみなし、子供の教育に適するものであるとして紹介している。

 明治期のものとしては、漱石による『文学評論』(明治42年刊)が最も知られている。それによれば、デフォーの小説は、「ただ労働小説」であり、「どのページを開けても汗の臭いがする。しかも紋切り型に道徳的」であり、「無理想現実主義の十八世紀を最下等の側面より代表するものである」と批判的である。さらに、冗長な文章で、小説の組立がなっていず、有機的統一がないなどと指摘している。 (夏目漱石『文学評論』講談社学術文庫、1994、pp.521-589)

 森鴎外は、明治44年刊行の『漂流物語ロビンソン・クルーソー』の序文として「ロビンソン・クルソオ(序に代ふる会話)」を書いている。こちらは、小説としてのまとまりを問題にしているのではなく、ロビンソンという人間像に対する批評である。ロビンソンに批判的な(不忠不孝を描いた「怪しからん本」だと主張する)客とそれに反論する訳者、そして主人の三人の会話からなり、非常に興味深い対話形式の序文である。『ロビンソン・クルーソー』を批判する客の言葉の一部を見れば、「両親が泣いて留めるのを聴かずに、家を飛び出す。不幸ではないか」「人の助けを借らずに、自活したのを得意としているらしい。そんな事がなんになるのか。人間は親があっての子である。先祖があっての子孫である。国家があっての臣民である。家族や国家を離れて生活したって、そんな生活は何の価値もない。そんな価値のない生活をしている間、本国たる英国政府に対する義務を果たさずにいる。不忠ではないか」というのである。さらに、「人は国家を組み立てている一元子として価値がある。納税をすれば好い。兵役に服すれば好い。もし、個人そのものに価値があるなんぞと思うと金も惜しくなる。命も惜しくなる。人を倒して自分が大きくなろうとする。国家に対して義務を果たすことを厭がる。国家はどうなっても好いと思う。それを個人主義とも個人本位とも云うのだ」と、ロビンソンは個人主義の体現であると批判しているのである。
 そういったことへの反論をまとめれば、ロビンソンが「生活の基礎を据え」「秩序ある社会の萌芽とも見るべき状態が出来るまで漕ぎつけ」たことが評価され、「守成者よりも創業者」の典型として評価されている。また、国家あっての個人という考えに対しては、「飯を食うのは、租税を納めるために働かれるように体を養うのだ、戦争に出て働かれるように体を養うのだ」というのではなく、「腹が減った時旨いと思って食うのです」などと語り、「自分の個人としての価値を忘れることは出来ません」と言っている。鴎外自身はロビンソンに共感的である。<森林太郎(森鴎外)「ロビンソン・クルソオ(序に代ふる会話)」(『漂流物語ロビンソン・クルーソー』明治44年序文、『鴎外全集』第八巻、昭和47年、岩波書店>

(7) 夏目漱石『文学評論』(明治42年刊)、講談社学術文庫、1994、pp.521-589

(8) 瀧山徳三『ディ フォゥ』研究社、昭和9年 p.30

(9) 大塚久雄「経済人ロビンソン・クルーソウ」(『文学と人間像』東京大学出版会、1965年)

(10) ロビンソンが労働に励んでばかりいたのではないことは、註(3)を参照。放浪癖については、『ロビンソン・クルーソー』第二部に貫かれている。

(11) Daniel Defoe, Roxana the fortunate Mistress, Oxford U.P.,1964 (宮崎孝一訳『ロクサーナ』槐書房、昭和55年)

(12) 平井正穂「解説−−デフォーの人間像」(『ロビンソン・クルーソー(下)』岩波文庫、1971年 pp.421-422)

(13) servantの訳。ロビンソンはフライデーを非常に信頼し大切にするが、あくまでも、従僕、召し使いとして重宝していた。例えば、フライデーが殺される場面で、ロビンソンは嘆き悲しみ、復讐を計画するが、自分の用事をさせる従僕を連れに島まで引き返したかったと言っている[Up.337]。

(14) カニバリズム 『ロビンソン・クルーソー』は寓意的な小説であり、舞台となっているオリノコ川河口で実際に行われていたかどうかは不明。コロンブスによって作り出された神話であるとする説もある。一般には、20世紀に入ってからも世界各地で行われていた風習であると見なされている。当時のヨーロッパでは、カニバリズムへの関心が高く、デフォーも例外ではない。
 ロビンソンは、自分が食べられてしまうのではないかという恐怖にとらわれ、人道に悖る行為であると憤りを表明する一方で、自分たちが牛や羊を食べるのと同じであり、降参した捕虜を皆殺しにするキリスト教徒が殺人者でないのと同様だとも指摘している[Tp134]。遭難した船の飢餓状態の中で、「奥さんを食べてしまったかもしれない」という告白が見られたり[Tp333]、『反省録』では、海上で食糧がなくなったので、仲間を殺して食べる話が考察されている[Vpp.35ー36](譬話のようであるが、実際にイギリスでは起こり、黙認されていた事例のようにも受け取れる)。これによれば、窮乏ということ以外には、犯罪を酌量する口実はない。四人を助けるための一人の犠牲であると言っても、いかなる権威がそうさせるのかを答えることは出来ず、自分の財産である命を守るために、他人の財産である命を強奪したことになるという。たとえ、くじを引き、当たった本人が自発的に食べられることに同意したとしても、だれも合法的にこのような同意をする力はなく、自分の命を放棄する権利を持っていないというのである。とはいえ、当時のイギリスでは、窮乏状態の中で仲間を殺して食べた場合、事実上、罪に問われることはなく、窮乏は最高の犯罪をも合法化し、本質的に邪悪なことを実行可能にしてしまったという。また、餓死するような状況で、預かり物のパンを食べてしまうような場合も、盗人でなくなる訳ではないが、盗人を軽蔑してはならないと神が命じているというのである[Vpp.34-35]。窮乏は人間の本性を克服することは出来ず、それは、神の摂理が人にこのような窮乏に陥ることを許していることが、罪を犯すことを許していることであり、人間本性には自分自身を守る力が備わっていないし、恩寵そのものには、罪に対して心を教化することが出来ないからであるという[Vp.35]。このように見れば、ロビンソンは、罪に対して極めて寛容であった様子がうかがわれる。しかし、他方、叛乱を起こした船員の死体を見せしめのために帆桁にぶら下げることを命じたり[Tp.214]、殺人を犯したも同然の時は死刑は当然[Up.374]と語ったりしている。結局のところ、これらの一連のロビンソンの行動を通じて、デフォーが何を語ろうとしていたのかは、簡単に結論づけることは出来ない。実のところ、『ロビンソン・クルーソー』を始めとするデフォーの作品は、一人の人間の自叙伝という形で語られ、構成に不備があると批判されることが多い。それは一人の人間の生をくまなく描こうとする所以であって、構成がいくら稚拙であったとしても、ロビンソンは何らかの意味でデフォーの思想を表現していることには違いない。

(15) 『ロビンソン・クルーソー』は18世紀の作品であり、奴隷制度についての反省は多くはない。そもそもロビンソンは、海賊に襲われ、ムーア人の奴隷とされ[Tp.17]、一緒に脱走した少年をポルトガル人の船長に奴隷として譲り渡すことになる[Tp.29]。自分が自由になるのに忠実に協力した少年の自由を売ることに嫌悪を覚え、少年がキリスト教信者になるならば、10年後に自由にするという約束をした上で、本人も同意したので奴隷として譲り渡したのである。ロビンソンが難破して無人島に流れつくことになる航海は、黒人奴隷の密貿易の航海であったが、何の罪悪感も語られず[Tp.33]、奴隷貿易はあくまでも正当な交易であるという観点があったように思われる。前述の労働に対して扶養される召し使いのエピソードでは、降伏の協定があったゆえに、全面的な奴隷とすることは認められないというのである[Up.329]

(16) 例えば、ロビンソンはイギリスへ帰国するやいなや、過去の恩人へお礼として金銭を贈答することに始まり[Tp.216]、以下様々な恩をめぐって、それに報いる様子が記されている。報恩は贈答行為に限ったことではなく、叛乱を起こしたイギリス人船員が命を助けられた恩に対して、忠実に仕えることを誓ったりすることなどもある[Tp.209]。『ロビンソン・クルーソー』をデフォーの人生のアレゴリーと捉えるならば、筆禍事件の渦中から自分を救い出してくれたハーリーに仕えたデフォーの姿を重ねあわせることは容易である。『モル・フランダース』でも、何かに対する感謝、恩に対する返礼は、くどいほど詳細に描かれている。『ロクサーナ』では、貧しい人に施しをすることは、神に貸したことになり、神は利子を付けて返してくれるだろうというような考えが語られ、同時に箴言21章13節の言葉が引かれ、貧しい者の泣き声に耳を閉ざすものは、自分自身も泣くことになり、聞いてもらいないだろうと語られている。他人に情けをかけておけば、巡り巡って自分によい報いが来るという「情けは人の為ならず」の精神とも、一脈通じる所があるように思われる。

(17) savageの訳語であり、現在流通している邦訳でも「野蛮人」もしくは「蛮人」と訳されている。ロビンソン(著者のデフォー)にとって、アメリカやアフリカの原住民は、野蛮な異教徒という認識が色濃いことは否定しえない。確かに、現代から見れば、「野蛮人」という概念そのものが批判されるが、18世紀のイギリスにおいて、自分と異なる行動様式、価値意識を持つ人間を「野蛮」であると判断したことは歴史的事実であり、これを現代的な視点から抹殺することは不可能である。

 当初ロビンソンは、「野蛮人」に殺されるかもしれない、食べられてしまうのかもしれないという不安と恐怖にとらわれていたが、フライデーによって、ロビンソンの認識は若干深められるが、今度は教化、宣教の対象となる。その一方で、捕われていたスペイン人の話として、「野蛮人」を教化しようとしたが、援助と扶助を求める人間がえらそうな教師にはなれないと言われたというエピソードや[Up.294]、「野蛮人」は人間を食肉牛を殺すように殺すだけであるが、イギリス人やオランダ人は、残虐に殺すための技術を持っていると指摘したりもしている[Up.380]。

 フライデーはロビンソンによって、改宗され、技術の修得においても秀でていたことが如実に描かれているが、その一方で、島の土地を分与するに際して、原住民の捕虜を自分たちだけで土地を開墾するのか、それとも労働に対して生活の面倒を見てもらう召し使いのどちらかを選択するように迫ると、大半は召し使いを選択したとされている[Up.329]。デフォーは、「野蛮人」の優れた素質を認める一方で、劣った存在であると見なしていたことも事実であり、18世紀のイギリス実業家層の意識の反映であるといえよう。

(18) デフォーには註(16)で見たような人間観が根底にある。

(19) スペイン人によるアメリカ大陸での虐殺行為は、ヨーロッパのすべてのキリスト教国のみならず、当のスペイン人自身からでさえ非難され、スペイン人と言えばおそるべき残虐な人間とみなされたという[Tpp.134-135]。さらに、カリブ海域の原住民で語り継がれ、フライデーも知っていたことになっている[Tp.168]。また、島に来たスペイン人の性格描写において、彼らはスペイン人であっても例外で、残虐性とか、非人間的なもの、野蛮なもの、兇悪な感情はなかったとも言っている[Up.276]。とはいえ、スペイン人のアメリカ大陸(ここではメキシコ・ペルー)の虐殺事件だけが問題になっているわけではなく、自分の船の船員たちが行ったマダガスカルの虐殺現場では、クロムウェルのアイルランドでの虐殺などは知っていたが、事実がどんなことか及びもつかなかったとその恐ろしさの実感を語っている[Up.351]。

(20) 夏目漱石『文学評論』明治42年刊、講談社学術文庫、1994、pp.521-589

(21) 『文学評論』p.546

(22) 『ロビンソン・クルーソー』を、ルソーはエミールが唯一読むべき本としてあげ、マルクスは経済理論の素材としていたりもする。<ルソー(今野一雄訳)『エミール(上)』岩波文庫、1962、pp.325-344 マルクス(エンゲルス編/向坂逸朗訳)『資本論』岩波文庫、1969、pp.138ー>

(23) 『文学評論』pp.588ー589

・以上の他、宮崎孝一『ダニエル・デフォー −− アンビヴァレンスの航跡』研究社出版、1991、天川潤次郎『デフォー研究 −− 資本主義経済思想の一源流』未来社、1966、山下幸夫『近代イギリスの経済思想−−ダニエル・デフォウの経済論とその背景』岩波書店、1968、山下幸夫「『ロビンソン物語』とその背景」(『資本主義の思想構造 −− 大塚久雄教授還暦記念V』岩波書店、1968)などを参照した。引用に際して、なるべく現代仮名づかいに改め、当用漢字を使用するように心がけた。


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